元の朝日鉱泉と朝日連峰へ

    昔の朝日鉱泉へは朝日川の渓谷の一つでもある猿渡から山道へ入っていかなければならなかった。そこは人一人がやっと通れるような狭い崖道を上り下りしながら15分ほどの道程であった。猿渡の入口は朝日登山の登山道としても使われていないのか今では面影も無くなっていた。昭和の30年頃に猿渡に橋が架けられ、この先1キロほどの土場まで車道が延び、山から切り出した木材や木炭を搬出したのである。土場の下部につり橋が架けられ、鉱泉への人たちはそちらを通ることが多くなったと記憶している。更に後年になって朝日川に発電所が造られると、更に上流部の取水口につり橋が架けられ、ほとんどの人たちはそちらを通るようになったのである。朝日岳や朝日連峰への登山口は各地にあるが、朝日川沿いからは四つのコースが知られているようだ。第一は木川から山毛欅(ブナ)峠に出て鳥原山へでるコース、第二は白滝から直接鳥原へ登るコース、次の第三は元の朝日鉱泉をまもなくといえる位置から鳥原山へ向かうコースで、鳥原山経由で朝日岳の山頂まで5時間と聞いていた。分かれ道の上方に白鷹の船越氏の偉業を刻んだ石碑が建っていた。確かな文言は忘れてしまったようだが「百一回 朝日に残し 足の跡」だったと思う。その石碑は現存しているかどうか確認していない。第四のコースが朝日鉱泉を経由して直接大朝日岳に登る道なのである。中ツルコースで、こちらは下りで3時間といわれていた。そこを同じ3時間で直接大朝日岳に登ったのである。途中の崖部に水晶が露出している所があった。このコースでの登山は4〜5回は記憶にあるようだ。春は伐山や熊狩、ゼンマイなどの山菜採りが通り、夏場は多くの登山客が通り、秋にはキノコ採りの人々が通って行った道であった。また、朝日鉱泉の南にある大禿森山の北東部を越えて白鷹町の黒鴨に出る登山道があったという記憶が微かに残っているが今はどうなのか定かではない。現在の朝日鉱泉と黒鴨林道は後からできたものである。そういえば取水口の下流250メートルほどの所にも吊橋があった。確か「おいたま橋」か「おきたま橋」のどちらかだったと思っているが忘れてしまったようだ。先日ボーとしていたらいきなり思い出したことがある。それは朝日川系の第5番目といえる朝日岳の登山ルートがあったのだ。それは朝日鉱泉の上流部から吊橋を渡り向こう岸に出て少しだけ左に振ってから登る、いわゆる上倉・御影森コースがあった。私はこのコースは上倉の途中までしか行っていない。話ではこのコースの途中に桂だか欅だかの巨木が在るとか無いとかといってたようだったが残念ながら確認はしていない。

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おなごり坂から見た昭和38年頃の朝日鉱泉。手前朝日館、奥は古川屋。

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猿渡渓谷の猿渡橋。

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猿渡渓谷は朝日川十景の一つという。

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元の朝日鉱泉へはここから山道を行くのであった。

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猿渡の上流部にある朝日川第二発電所の取水口。

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置賜橋跡。ここに吊橋が架かっていた。

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ここから白鷹の黒鴨に抜ける朝日修験の行者道があった。

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