上ノ山城主里見越後守主従の墓地

   上ノ山城主里見越後守主従の墓地は、鶴岡市櫛引支所(旧櫛引町役場)の西方、丸岡にある。慶長8年(1603)、山形城主最上義光は家臣の企みにはまり、嫡男の義康を配下の土肥半左衛門に命じて殺害したという。義康の小姓だった権兵衛は父と家臣の主従23名が慶長19年(1614)、義光の遺言によってこの地で切腹させられたという。町の指定史跡である。

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里見氏主従23名の墓地。

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里見氏主従23名の墓地の解説。

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